東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1028号 判決 1983年6月28日
控訴人
上杉良雄
右訴訟代理人
矢島惣平
長瀬幸雄
久保博道
被控訴人
日比谷テイ
右訴訟代理人
児玉勇二
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(一) 控訴人は、被控訴人に対し、訴外上杉不動産株式会社の株式(一株額面金五〇〇円)七五二株分の株券の引渡しをせよ。
(二) 控訴人は、被控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物所有権の共有持分一八分の一について、遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(三) 控訴人は、被控訴人に対し、右(一)の株式の代価として一株当り三三六七円の割合による金員を支払うときは、(一)の株式のうちその金額に相当する株式数分の株券の引渡義務を免れることができ、右(二)の建物共有特分権の代価として金一万四八九四円を支払うときは、(二)の登記手続義務を免れることができる。
(四) 被控訴人のその余の主位的請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第一審、第二審を通じてこれを三分し、その二を控訴人の、その一を被控訴人の各負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人の遺留分減殺請求について
昭和四九年七月二六日死亡した訴外上杉カンが遺言により控訴人に対し全遺産を包括遺贈したこと、カンの相続人の一人である被控訴人が控訴人に対し昭和五一年五月一四日に遺留分減殺請求の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
そして、当裁判所は、被控訴人の右減殺請求権が時効により消滅したとの控訴人の抗弁は理由がなく、右減殺請求権の行使により、被控訴人は、カンの遺産の六分の一に当たる上杉不動産株式会社の株式七五二株と本件建物(原判決添付物件目録表示)の所有権の一八分の一の持分を、遺留分として取得することになつたものと判断するものである。
その理由は、次のように附加、訂正するほか、原判決理由記載のとおりであるから、これを引用する。(附加・訂正<省略>)。
二価額弁償の抗弁について
1 控訴人が、被控訴人に対し、昭和五六年五月二九日付準備書面により、被控訴人の本件遺留分減殺請求が認められる場合には、減殺の目的である株式及び本件建物所有権の持分につき民法第一〇四一条による価額弁償をする旨意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、その後更に予備的に価額弁償の意思表示をしたこと、右意思表示は、株式数については、第一次的には七五二株とし、第二次的には一二二〇株とし、株式価額については、第一次的には一株金二〇六四円によるとするが、最終的には裁判所の認定する株式数、価額による弁償を申出る趣旨であることは、いずれも当裁判所に明らかである。
2 被控訴人は、控訴人は、右価額弁償の意思表示をしたのちも、被控訴人に対し、上杉不動産株式会社の株主総会招集通知を被控訴人に発しており、このことは、控訴人が価額弁償をしないこと、すでにしたものについては撤回をしたことを表示したことに外ならない旨主張し、右のような通知のなされていることは、当事者間に争いがない。
しかし、控訴人が被控訴人に対し右のような通知をしたからといつて、そのことから、控訴人が被控訴人の遺留分減殺請求を容れて、同人を株主と認めたとか、減殺の目的である株式について価額弁償をしない旨表示したとか、価額弁償の意思表示を撤回したことになるとかは到底いえないのであり、弁論の全趣旨によると、控訴人は、被控訴人の本件遺留分減殺請求を争い、同人が株式を有することを否定するが、係争中であるので、一応同人を株主の一員のように扱つているにすぎないことが窺われる。よつて、控訴人の右主張は失当である。
3 ところで、遺贈された特定物につき遺留分減殺請求が認められる場合に、受遺者が価額弁償により遺贈の目的の返還義務を免れるためには、価額の弁償を現実に履行するか又は弁済の提供をしなければならず、単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りないことは、判例とされている(最高裁判所昭和五四年七月一〇日民集三三巻五号五六二頁)から、本件建物所有権の持分について、控訴人が価額弁償の意思表示のみで現物返還義務を免れることの出来ないことは明らかである。また、すでに認定した事実及び<証拠>により認められる上杉不動産株式会社の資産内容によると、本件株式は、右会社の資産ないし経営権の持分として意味があるものの、殆んど全部を一族が所有する流通性のない株式であるから、特定物と同様に、価額弁償の意思表示のみによつて受遺者に返還義務を免かれしめるものではないと解される。
そうすると、控訴人の本件価額弁償の意思表示のみによつて被控訴人の現物返還請求権が消滅するものではないから、右抗弁は、その限りでは失当といわなければならない。
4 しかし、更に、翻つて考えるに、遺留分権利者の現物返還請求権は、本来いつでも受遺者の価額の弁償によつて消滅すべき制約を内在しているものであるところ、現物返還請求を命ぜられた受遺者において価額弁償をしようとしても、その価額に争いがある場合には、簡易迅速に価額を確定する別段の手続はなく、別訴を提起する以外に実際上受遺者が価額を弁償して現物返還義務を免れることは困難となる。そこで、遺留分権利者と受遺者双方の利害の均衡を図り、民法第一〇四一条の趣旨を活かすため、遺留分の目的の返還請求に対し、受遺者から本件のように価額弁償の抗弁が単にその引渡請求の棄却を求めるのみならず、弁償すべき価額の確定をも求める趣旨で提出された場合においては、引換給付を求める抗弁が提出されている場合の取扱いを参照して、受遺者に現物の返還を命ずる一方、予め価額を確定して、その価額を支払うときは受遺者は右返還義務を免れることを判決上明らかにしておくのを相当とする。
5 そして、右価額は、当審の最終口頭弁論期日におけるそれによるべきであるところ(最高裁判所昭和五一年八月三〇日判決・民集三〇巻七号七六八頁)、<証拠>によると、上杉不動産株式会社の価額は昭和五七年八、九月頃一株当り金三三六七円であること、及び右価額は短期間には変動しないことが認められる。したがつて、右価額をもつて当審の最終口頭弁論期日(昭和五八年五月一九日)の価額であると認めるのを相当とする。
また、本件建物の価額が金二六万八一〇〇円であることは当事者間に争いがないから、遺留分減殺の目的となるその一八分の一の特分権の価額は、金一万四八九四円(以下切捨て)である。
三被控訴人の予備的請求(代価額の支払請求)は、未だその現物返還請求権が消滅していないのであるから、その当否を検討する要をみない。
四以上の次第であるから、被控訴人の主位的請求は、控訴人に対し上杉不動産株式会社の株式七五二株の引渡し及び本件建物につき共有持分権一八分の一の移転登記手続を求める限度において正当であるが、被控訴人の右権利は、前者につき控訴人が一株三三六七円の割合による金員が支払われたときには、その額に相当する株式数の株券の引渡しを免れ、後者につき価額として金一万四八九四円が支払われたときはその登記手続を免れることとなるので、そのことを明らかにすることとし、かつ、右制約の限度及びその余の右株式の引渡しを求める点において右被控訴人の請求の一部を棄却すべきである。
よつて、原判決を右趣旨に従つて変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(田尾桃二 内田恒久 藤浦照生)